脱!モラルハラスメント母

母を捨てないと明るい未来はない
〜モラハラ母により縛られた人生からの旅立ちを〜
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    塔の上のラプンツェルとモラハラ母
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      作品自体のレビューはこちら

      2011.4.13に書いていたんだけど、
      当時はモラハラ母っていう言葉も知らなくて、また、

      できる限りの孝行をした結果、「ハワイにつれていけ」という指令が出てきて
      萎えてた頃。もちろんお断りの経緯の中、やはり、当時のレビューで見てても、
      自分の着眼点は、継母の悪女っぷり、だった。わけで。

      掲題についての作品から見る、マザーゴーテルのモラハラ母っぷりに。

      唖然。

      結局は自分のためなのに
      〜おまえのためだ
      〜私は知ってる
      〜他者よりも私を信じろ
      〜私の言うことだけをきいてればいい
      〜○○年間育ててやったのに


      などなど。まぁ、全部が全部、うちの母wと同じ。
      モラハラ母ならではの台詞のオンパレード。そして、行動が!
      子の幸せを妨害してでも、自分の私利私欲のために操作、支配しようとするところ。での見事な悪。母=悪。が展開されていく。

      ・・・
      さてはて、物語は、悪に打ち勝ち、

      ●新たな、自分の道を切り開いたラプンツェル
      は、うまくハッピーエンドとなります。

      途中の葛藤も乗り越えてハッピーエンド。
      アナと雪の女王の作品にも、最後ちらっと出演するほど。

      エンターテイメントだけでなく、社会的メッセージwを体現した作品と言えるでしょう。
      いったい、なぜ、諸悪がこういうキャラのマザー!♪になったかはわからないけど。

      結論、この作品でも、モラハラ母との決別があるからこそ、自らの幸せの道を歩めた事にかわりない。

      あの綺麗なランタンが空に舞っていくシーン。
      決別こそが自身の解放への道。改めて気づき、この作品を観ると親近感がより湧き、励みにもなる。

      観てない方は、ちょっと機会があったら観てください。
      | 明るい未来への手段 | 00:02 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
      8か月ぶりのお久しぶりです
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        前回の記事から、かなり日が経ってしまいました。
        お元気ですか?

        僕は元気ですよ。ちょうど前の記事の春先から
        思い出さないような自己訓練をしてまして、時期がきたら再開しようと。


        春〜夏〜秋。と過ぎた今。
        昨年時の春夏は、まったくもってモラハラ母に翻弄させられそうになるのを必死で

        そうならない努力。をしていた精神戦争。だったので。

        今年度は、一切、思い出さないで昨年の分も楽しめるように励みつつ。

        自分の中で、波がたたないように。どんなことになろうとも。という訓練の最中でした。

        おかげで、春から眠れる薬がレベル1の最小限になり、近日は飲まないで寝れるような訓練もちょっとずつ。
        また、サイトで知ったモラハラ対策の先生のアーカイブを拝読しながら、

        目から鱗。。。ていうより目から涙。。。くらい
        すべての事象があてはまっていて、それはそれで過去の自分と向き合いしんどかった想いを思い出すつらさはあるものの。

        今は違う。
        自分の道を歩くべく。。。という固い意志にて、翻弄されない奔走しない気持ちを持つことが大事だと。

        もちろん、夏、秋に手紙攻撃。や配達屋を変えた野菜テロ。
        勝手な妄想で電話番号変えたんやったら!と怒鳴ってきた留守電から、どこの親戚が伝えたのかしらないけど、
        電話番号かわってない事を知って、夏、秋に留守電がありました。

        なんか、、、、何事もなかったかのように、いかにも普通の家族だったみたいな、
        まるで子思いの母、、、ていう表現の留守電内容に

        正直、むかつく。
        でも、怒りも結局、心を乱されるという不愉快極まりないので、


        電話もかえさないし
        送りつけてきた郵送物も配達屋に依頼して、受け取り拒否設定。今後も送れないように設定。

        手紙も、まぁ、元気ならそれでええやん。だから、なんなん?って感じでスルー。
        精神的にスルー。。


        と。ちょっと、ただボーっとしたかった期間ていうより、
        自分の気持ちをどう持っていきたいか、どうしたいかを、しっかりするための期間だったと思います。
        この8か月。

        何をどうしても過去は変わらないし、思い出しても、悲しみや怒りは、自分がしでかしたものではない。
        そういうふうに持っていかれて、そうなりたくない葛藤で生きてきて、

        そして。今。
        ここよね。なにがどうでも、自分の今と、未来を信じ、幸せでいることが先決。

        なので、復活します!乗り越えていきましょう♪
        | 自信をもつ自分の行い | 15:40 | comments(2) | - | ↑PAGE TOP
        家畜として育てられて
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          JUGEMテーマ:モラルハラスメント

          休日ともなると、あちこちで小さい子を抱えた若夫婦とかに遭遇する事はよくあること。
          ま、それはそれでいいんだけど。

          これまで、10歳くらいから

          母:あんたが結婚したら〜、お母さんはおとなしくしとくからな!

          と、意味不明な脅迫から。

          20代にもなると

          母:あんたも24歳くらいになったら結婚して、26歳くらいには子供ができて〜
          二人か3人くらい子供できるやろう。
          と、勝手に妄想。

          そこには確実に同居っていうシナリオが組まれていたのと、
          小学生の頃から結婚しろ、って言われてきたので、結婚する気なんてなかったり。

          そして、
          30代にもなると

          母:結婚しぃや!

          あんた、私がおるから、結婚せんのやろ?

          あんたは父の姿を見てないから、こわいんやろ?父親になるのが!

          はよ結婚せな、子種が死んでまうんやで!

          他の人はもう、とうに結婚して子育て始めてはるのに、あんたは出遅れててる!!!!


          など。人生設計は母が決めるものではないのに、勝手に。決めつけて怒っていた。

          30代は、色々、余裕ができたので家族孝行をしていたにもかかわらず、これだった。
          帰省の度、友達に会い、帰宅すると

          母:○○くんとかは、もう結婚してはるんやろ?!

          と、結婚してても、してなくても、母には関係ないんだけど。
          ○○くんが所帯持ちでない場合は、ふ〜ん。で終わるところ。
          ○○くんが所帯持ちであった場合は、憤慨する母であった。
          その背景には、自分の思い通りに生きてない事への憤りと、他者への敗北感を感じていたんだろうと思う。

          ・・・思えば、高校生や大学生になると、友人の出身校と俺の学校の偏差値を比べては。
          勝ったら>優しい母
          負けたら>怒る母

          であった。小学生の頃だと、これは、文字のきれいさ、が基準だったなw

          話し戻して、
          いや、だから、子供の頃から言ってるけど、
          結婚もしないし、子供もいらないし。もはや絶やすべき家系だし。
          自分にとって結婚は幸せではないから。と、言ってきたんだけど。

          母:変な子!!!!!
          と罵倒する感じで。帰省終了日にも、必ず結婚しろ、って言ってくる始末。

          この頃になると、妹の母への暴力もあったりで。母がかわいそうな気配が濃厚になると。

          母:他の皆は、みーんな孫がいる世代やのに、私は男女産み分けたのに
          あんたらは、結婚もせん!子供ももたへん!皆は孫がいるのに、私にはいない!!


          と泣き怒り。

          あんたらは、私の夢をぜーーーーんぶ!壊してまいよったんやで!!!!

          あんたら、なんか生まへんかったらよかったわ!

          (これについては、兄妹そろって、こっちだって生まれてこなければよかったわ。と。妹はよく、それを言い返して、母娘共に傷つけあってた)

          と絶叫していたな。

          そして、40代。
          病院から妹から留守電を入れさせてまで、お兄ちゃんに結婚せぇ言え!!と命令していた母であった。


          と。まぁどこの家でも親世代の望みといっちゃ、そうなんだけど。
          望みや願望であり、人生の選択は母がするものではない。
          ましてや、他のだれだれが持ってるのに、私はもってない!って憤慨する稚拙さ。

          我が子の幸せを願わない母。がここにいた。のである。

          さんざん、罵倒と脅迫と洗脳をしてきて、操り人形のように平気で言ってきやがって。
          そう、自分は道具なんだな、とは思っていたのだけど、それ以下。

          家畜同様の存在であった。

          餌を与えるように、正月は数の子を食え!と食わされて。
          余談だけど、磯臭さが嫌いなのと、その由縁が嫌いで、食べないと。。。。憤慨され。
          同じように貝類も嫌いなので食べないと、

          母:あんたは、死んだあんたのお父さんと一緒やな!!!
          あの人も貝、よぉ食べれんかったわ!!!
          高かったんやから、食べっ!


          憤慨と命令に嫌気がさして、食事まるごと食べなかったなw
          そんなこんなで、いまだに、気分が落ちてるときって、飯くえないんだよなー。
          ま、いいけど。


          さらに、操作術がうまい母は、親族をまきこんで、自分の意を遂行させようとするので、
          叔父や叔母からも、うんざりするほど、同じ話をされ。

          ・母のための人生
          としての道具でしかない自分の人生だった。子供の頃は親族だけじゃなくて
          学校の先生まで、そうだったな。


          結論:結婚しても別に親に報告はしないし。って答えてびっくりされてw
          親族なんて、自分たちの暇つぶしの楽しみのために、結婚しろっていうくらいだからなw
          真相は、母を喜ばせろっていう意が含まれてて、あけすけすぎて、アホすぎて話しにならんな。

          なもんで、親族も切り捨てるはめとなり。
          味方してくれる大人なんて、小さいころからも今も、誰もいないw

          その分、自分が大人になること。
          大人の友達を見つけたこと。嬉しいね。当時は皆子供や若かったけど。
          今では、自分も友人も年齢性別関係なく、大人になってるので話がわかる人がいてくれるというありがたさ。


          さて、
          今年も、もう2月になりましたね。
          意味不明に思い出される事柄も、時間が経過すると忘れる事ができるもの。。

          。。。。と、言われつつも。それが遠いような気がして。。。。
          とりあえず、今を大事にしようと心がけてます。

          春が近づいてきましたね。
          新鮮な気持ちが沸き起こる。今を生きる、こと。
          なにより、今はもう、昔と違う。実家から脱出できた事をかみしめて。
          何年かかけて準備して、家を出た事は素晴らしい。よくやった!自分wと思う。

          呼ぶHappinessを。Call My Luck♪

           
          | 母の言動行動記録 | 12:34 | comments(4) | - | ↑PAGE TOP
          呪いの年賀状 2015.01.01
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            普通は、離れてくらしてたら親子でも年賀状って、、、
            送ってくるもんなの???か。

            他の家庭でも、それは普通にみられるところから。
            ま、仕方ないとして。

            返事って書いてます????

            僕は、今まで一度も返事は書いたことはない。
            これまでは、まぁ、結局電話しなきゃいけないような話をもってこられて
            電話してたから、もうええか、と。

            さて、2014年には「縁切り」を言ってきたので、
            こちらもそれを貫徹してるわけなんだけど。

            とはいえ、年賀状くらい、生きてるよっていう意味で返事だしてもいいかな。
            と、葛藤してた年始。。。。。。。

            しかし、その甘さがいつもの、、、、後悔につながる懺悔に。
            なるのも、見えてたので、やっぱり、返事は出さない事に決めた。

            年賀状においても相変わらず命令系wの言葉が書かれていて。

            母:健康に注意して生活しなさい

            でした。
            なんなん?????

            それが親というものだから、としても。
            既に受け入れ態勢ないのだから、いいかげん、なんか言い方変えれば?って思うんだけど。

            母は自分は悪くない、と思っていて
            自己愛の塊だから、変える事も変わる事もない、な。今後も。
            まぁ、そんな期待はするだけ無駄なので。

            音信不通。がすべて。
            罪悪感も消去。これでいい。それでいい。
            | 母の言動行動記録 | 20:57 | comments(2) | - | ↑PAGE TOP
            明けましておめでとうございます2015年。
            0

              なわけで、今年も始まりましたね。

              連絡してこないと、お節送りつけるゾ脅迫の年末でしたが、
              無視で一貫の対応にしたところ。

              宅配屋から電話がなかったので、送ってこなかったな、と。
              一歩前進でしょうか。

              そのため、しばらく家を留守にしているんですが、
              他年賀状もあって、今週中には一度、自宅へ。

              毎年、年賀状も欠かさず呪いが書いてあるので、
              今回も書いてあることでしょう。

              気づきに徹した去年から、今年はそこからの昇華を図りたいですね。
              気づいた後の、対処法。模索中ですが、じんわりと色々やってこうと思います。

              今年もどうぞよろしくお願いします。
              | 明るい未来への手段 | 17:05 | comments(3) | - | ↑PAGE TOP