脱!モラルハラスメント母

母を捨てないと明るい未来はない
〜モラハラ母により縛られた人生からの旅立ちを〜
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    この意を決したわけ〜4:暴走する母:後編6ラスト
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      いよいよ、最終回。

      結局、なんくせつけて、無理矢理 退院させた。

      最後は他機関を巻き込んだにもかかわらず、結果発表前に

      病院をしめあげて、退院させた。もちろん俺への嫌がらせは最高MAX級。

      ・家に押しかけてくる
      ・深夜日中とわず、罵倒留守電一日30件以上〜の被害
      ・契約する気もない不動産に賃貸申込み保証人になれ
      ・最寄駅での待ち伏せ

      それはそれは、非道な手段で。しかもそれ、ぜんぶ、

      母「私は悪くない!あんたが電話でーへんからや!」という
      自己責任の行動さえも、人のせいになってる愚かさ。





      ■意味不明な役に立たない親族の人も巻き込んだようだけど、
      ろくな親族がいないので、真偽を見抜けない上に、我を非難し、それでいて援助もしない連中はどうでもよい。
      母親の都合イイ話を鵜呑みにした責任をとればいいわ。

      助けにならない親族は、必要なし。
      四面楚歌でけっこう。誰の葬式も出なくて済む。





      とにかく、いつも通りに、

      ・暴力振るわれて>あんな娘なんかと暮らされへん!

      ・不在期間長びく>支配欲を満たす相手がいないと退屈!娘を戻す!

      ていう繰り返し事を、自分の意志でやってるにも関わらず不満だらけの母。
      それに付随させて、不満をぶちまけるための道具である息子と、その話のタネのための道具の娘。

      ・・・・・絶句。
      口では善良な母めいた発言や言葉を送ってくるけど、すべては嘘。偽善が物語るのが
      こうした、本領発揮な時期にきた際の母の人格。こそが、本音。

      「譲歩」なんて、こちらの努力なだけであって、意味はなかったなー。
      まだまだ甘かったわ。





      さてはて。
      そんなわけで、退院させて1ヶ月が経過。
      まぁ、穏やかに暮らしてればいいけど、もう関係ないので、
      皆の望みが叶っていても、叶っていなくても、どうでもよい。

      最善を尽くしても、子らの幸せより、母は自分の支配欲を優先し、それに従わせようと画策した結末。
      また、大勢の人を巻き込んだ割に、一人一人への誠実な行動をしていない。親族まだしも。
      他人に対しての迷惑行為が甚だしい母は、もはや、妹以上に、社会的危険人物レベル。


      母のまっとうな手段がなく、ひどく汚れた手段を施行した非常識さが際だっていた。
      まさに、卑劣で、卑怯で、非常識な、モラル違反の様が多々あり。

      モラルハラスメント母の典型的なパターン。

      2014年上半期の出来事でした。


       
      | 源流〜うちの家の歴史 | 11:23 | comments(0) | - | ↑PAGE TOP
      この意を決したわけ〜4:暴走する母:後編5
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        ■7月3週目■病院と第3機関と連日連絡。

        母「患者には自由の権利がある!」
          「人権侵害や!あの病院は。」
        「警察?そんなん、過去の話や!」
        「○○ちゃん反省してる。もうそんなんせぇへん。言うてるんやで」
        「○○ちゃん、”お母さん悪かったなぁ、もう叩けへんから。”って言うてるんやで。」
        「あんたなぁ!別々に暮らせいうけど、アパート借りたら、お金かかるんやで!そんな事もわからんのか!」
        「貧乏で暮らしてきたのに、なんでこんな事するんや!(泣怒)」
        「○○ちゃんは、犯罪者や、ないいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
          「なに?自分の名前をインターネットしてる?下品な!」
        「○○ちゃんがなんかやっても、あんたには関係ない!私が保護者や!あんたは連れて行っただけや!」
        「治療が合わんのやったら、病院を変えなあかん!、それやなのに!」
        「あんたも、あの先生もYesかNoしかない!考え方が狭い!」
        「患者に合わせて治療しなあかんのに、あの先生はおかしい!あの先生も病気やで!」
        「ひとつの考え方しかできひんなんて!あんた、あほか!」
          「いつまで、こんな事つづけるんよ!」
        「弁護士たててる用意できてるねんで!あんたなぁ!弁護士雇ったらお金かかるねんで!」

        と。日々、留守電に入ってる罵声怒声。30件〜↑。

        絶縁する、て言っておいて、呪いを連日かけてくる始末。

        本気で、もうええわ。これまで無理して頑張ってきた孝行もふっとぶ発言がいっぱいでした。
         
        | 源流〜うちの家の歴史 | 06:23 | comments(0) | - | ↑PAGE TOP
        この意を決したわけ〜4:暴走する母:後編4
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          ■2014年6月 第4週 

           アパート管理会社から保証人確認の電話がくる。
           お母様が、入居の契約をなさるため、保証人に息子さんの○○さんをたてましたため、ご連絡いたした次第です。って。

           絶縁なのに、なんで保証人????はぁ????

          母「○○ちゃんには、お金ない貧乏な家やのに、あんたがそう言うから、仕方なくお母さんアパートで暮らすわ。って言うたんやで。」
           「はぁ・・・。私もう年やのに。貧乏なのに、あんたのせいで、余計なお金がかかるから、働き口さがすわ!」
           「アパートかりたから、保証人のサインして、早く送り返してや!今日送るって不動産がいうから!」
           「あんたの言うとおりに、”別々暮らし”、にしたから、はよ、○○ちゃん退院させ!」

          嫌がらせ以外なにものでもない。

          とりあえず、不動産屋には待った、をかけて、友人に相談。
          そして、不動産屋に連絡。
            
           もう部屋渡ししてある状態ですか?そちらは、代理保証人がつけれるサービスはありますか?と。尋ねたら。
          また、未契約の段階ですし、代理保証人のサービスはありません。そのため、ご家族の認証が必要です。認証次第すぐ入居できます。

           ・・・いやいや、それが入居させたら終わりやから。。。そっちじゃなくてw

          俺「では、お断りします」 

           ?どういう事ですか?ご家族の方ですよ。息子さんの承認あればすぐ入居できるんですよって。
           ??まぁ、その気持ちもわからなくはないが。

          俺「ちょっと、事情がありまして。保証人にはなれません、ので入居不可か、別の保証人をさがすようにお伝えください」

           不動産屋の人は????だったが、まぁ、おそらく、単なる嫌がらせの行動。は!!!

           的中。久しぶりに自宅に帰り郵便を確認しても、アパート契約の書類は届いていない。

          母「もしもし!お母さんよ!あんなぁ、アパートはやっぱり借りるのやめたわー。お金ないしー」と軽快な感じであった。


          おそらく、こちらが奔走したであろう姿に満足だったんだろうな。

          否、はじめから契約する気なんかなくて、ただ他人を操作して巻き込んで、息子を追い詰めたかった。だけ。

          また、各関係者にも今回の行動の連絡をしたのだが、どの人も「はぁ・・・・」って絶句が苦笑いだった。

          あげくに。

          母「○○ちゃんが、自宅(実家)に暮らして、私があんたんとこ行って住むわ!」

          って。

           アパート暮らしにしろ、別居にしろ、最初だけそういう事にしたとして、「やっぱりほっとかれへんで」といって、
          退院させたら>即同居>娘を支配>娘から被害>息子に自分や親族にどれほど自分がかわいそうか話をわからせる>満足

          な、図式。だろうから。やはり退院は許可しない。何より、物扱いな妹がより病状悪化する。に、決まってるやん!
           

          | 源流〜うちの家の歴史 | 06:59 | comments(0) | - | ↑PAGE TOP
          この意を決したわけ〜4:暴走する母:後編3
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            ■2014年6月4週目。強襲

            前回、何より。今生の別れを言わされた妹。
            操り人形としての扱いで、母が背後から、ああ言え、こう言え、解釈違いの発言すると、いらんこというな!って叱責されてる
            妹が不憫で、ますます母に嫌悪感で、そのことについてもメールで、「よくこんな事できますね、自分の娘に。」
            てうっても、その事には触れず、罵詈雑言と俺への非難中傷だった。

            それから、再び。
            強襲を予告する留守電があったので。

            俺「結論は変わらない。結果的に話す事がないため、こっちくるのは自己責任で。来るならどうぞ、きをつけて」

            と促したメールの週には来なかったけど、
            翌週。昨年の12月のように。

            母「今な−。第2叔母の家におるねん。話せなあかんねん。あんたと。役所の人がなぁ、息子さんと話合え言うから、
            私はこんなくそ暑いのに、行きたくないのに、息子さんと話をしろっていうから来てるんやで。」


            また、下部として生きている母の妹:第2叔母からの

            叔母「○○くん?今どこにいるの?電話くださぁい」





            て、まるで、そうしなければいけないような話っぷり。

            はぁ????

            第2叔母は、信用ならないもともと腹黒叔母なので、罪悪感はなっしんぐ。というか
            両者ともに、偽善の女王なので腹が立つ。

            そして、誰かを操ってでも

            いつも、こうやって、思い通りいかないと、まるで周りがこういうから。ああいうから。だから、

            自分のせいじゃないけど、あなたはこうしないといけないのよ!

            って呪いがこもってるわけ。

            これまでも、こういう自分勝手を押しつけてきて、NOといった際には。

            「それが試練やーーー!」
            「そういう運命やーー!」
            「あんたらのためやー!」
            と。我にも病気の妹にも言ってきた母。それでも拒否すると。

            「そんなんもよう乗り越えられへんのか!」と罵倒されるだけ


            これ以上は、無視。もともと、話合いなんて、成りえない。
            これまでも、そういえば。促されたものに対しての、拒否が不可能であったことや、
             不本意ながら拒否しなかった際には、満足げで、その上、金がかかったと足枷をつけて、生き地獄の気持ちになるので常であった。だけに。

            無視でいい。

            ちょっと今回は、終了フラグだな、家族付き合い。
            かろうじて、なんとか続けてきた努力も、今回でみてのとおり、無意味だった。
            よそに比べて多くはないかもしれないけど、自分なりの孝行はしてきた。旅行や贈り物。

            すべてケチをつけて、あげくに元気なうちにハワイに行かせろという始末。。。。。。。。おぇ。

            さて、この頃には、こちらも自宅以外で生活。

            俺「そんなに病院がきにいらないなら、他の病院も検討しますか」
            「ただ、何かあった際に責任はとれますか?自分で次、入院連れていけますか?」
            「既に、他人にまで所かまわず手をあげて、警察沙汰にもなってる事実2回ありましたよね?!
            そこで、あなたを助けようと誰かが入って、その他人にまで危害を加えたら、あなたその家族への責任はとれますか?」
            「あなたとの支配された暮らしよりも、自立支援の中で、自分らしく、自分ができる事を増やして自由に生きれる娘の幸せを願える事できませんか?」
              「私の決断は、母の幸せ、妹の幸せのための3人別々の暮らしがベストだからです。」
            「これまであなたの言うままに退院。後日「やっぱり○○ちゃん、あかんわ」て同じ事でしたよね。どの病院にいっても。
            だから、病院が、とかではなく、○○ちゃんにとって、慣れと自身の人生の立て方をここでやらないと、どこにいっても、環境かわるだけ良くはならない」
            「子は親の道具ではない。人形ではない。親の支配の上に生活するなんて、○○ちゃんの幸せはなし得ない。」
              「最後の忠告、ご再考ください。」


            で、他病院検討って言葉で安心したのか、
            母「もしもし!お母さんよ!今、帰阪した」と留守電に。
            はよ退院させよ、残しながら。
             
            | 源流〜うちの家の歴史 | 22:36 | comments(0) | - | ↑PAGE TOP
            この意を決したわけ〜4:暴走する母:後編2
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              ■2014年6月中旬

              突然の今生のお別れ宣言(裏で指示する母の声)の留守電

              妹「あ、お兄ちゃん?○○です。お元気ですか?(仕事行ってるか聞け!)。仕事行ってますか?」
              「お疲れ様です。元気に仕事して、みんなと楽しく生きてください。」
              「お母さんと仲良く生きていってください。38年間今までありがとうございました。(余計な事言わんでええねん!)
                (はよ、結婚せぇ、言え!)
              「・・・・○×■そんなんじぶんで言いやぁ、とでもいいたげな苛っとした妹の声」

              と。・・・・・

              背後で聞こえる母の指令に従っている妹。
              なのに解釈違いな発言をすると、叱責される妹。
              あげくに、結婚せぇ、とか、母の意志を自分を使って言わされてる事に気づいていらっとしてる様。
              なにより、指令テーマが「今生の別れ。だから、最後に挨拶しろ」と命令されてる風。
              を。入院先からさせられていた様子。

              まったくもって、母の毒言葉をそのまま返したいのは言うまでもない。
              禍々しい!んだよ!なんだこれ?!最低な親だな、こいつ。


              それでも、無視を慣行。
              鳴り止まない電話攻撃。手紙攻撃(これはまた、別途紹介していくかな)。


              母「”遠慮なんてどこにあった?”だと!あんた私がどれだけ○○ちゃんからの苦労を耐えてきたと思ってんのよ!」
              「あんたが払ってるのは東京の税金やで、大阪のちゃうやろ!」
                「患者には人権があんねん!」
              「親がわざわざ遠方から行ってんのに、会い来ないなんて!!!」
              「はよ退院させるって病院にメール送れ!」
              「なにしてんのよ!早く送れって言うてるやろ!(1分後)」×連続。朝4時から5時〜。
              「あんたがちゃんとせぇへんから、あたしが怒る事になってるんや!」
              「電話にでぇへんような、携帯なんか、もう要らんわ!解約する!」
              「あんたなんか、なに?非常識な!」
              「色んな人に迷惑かけおって!」
                「自分勝手な事ばっかりしおってからに!」
              「あんた、一度も○○ちゃんに、電話もせん!手紙も書かん!、え?それでなに?何が○○ちゃんの幸せやって!?」
              「たった3人しかいない家族なのに。家族をバラバラにしおってからに!」
              「家族を捨てるなんて!!!」
              「もう親でもない!子でもないわ!」
              「絶縁するで!!!」
              「○○ちゃんの事が解決したら、その後はあんたなんか知らんわ!」
              「この件が終わったら、2度とあんたなんかにもの頼まんわ!」
                「あんな病院にいれやがってからに!あんな酷い事しよる病院なんかに加担しやがって!」
              「○○ちゃんに、もしもの事が起きたら、あんたら許さんからな!」
              「怨んでやる!」
              「だから、はよ退院させるって病院に言え!」
              「何してんのよ!いつまでこんな事してんのよ!」
              「あんたと話してたら、お母さん、頭おかしなるわ!」
              「○○ちゃんは病気やない!」
              「○○ちゃんのような病気は、入退院を繰り返すもんなんや!」
                「私が死んだ後に、○○ちゃんをあんたの好きなようにしたらええ!」
              「私が死んだ後に、あんたなんかに○○ちゃん任せたら、どんな酷い目にあうか?!わかったもんやないわ!」
              「○○ちゃんは入院する必要なかったのに、あんたが連れて行って入院させたんや!」

              特に最後の言葉の秀逸っぷりには絶句。昨年度の2度の帰省も。
              無意味だった。助けにになんていかなきゃよかった。かつての孝行した後のばつの悪さ感再び。
               
              | 源流〜うちの家の歴史 | 06:53 | comments(2) | - | ↑PAGE TOP
              この意を決したわけ〜4:暴走する母:後編1
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                ■2014年4月
                年があけて、2014年。
                こちらから電話をかけたのは、友人よりもち米をもらったので2月か3月か。
                おはぎの作り方と、母方の祖母の話をして、珍しく平和に電話を終えた。長くなりそうな瞬間みはからって。出かけるから、という話が
                ラストトーク。

                怒涛の4月へと。

                前回、妹が入院してから、保証人は私(母)がなる、って事で、裁判所やら書類やら変更をしていたのだけど。

                「精神保護法の法律が変更され、措置入院の保護者は家族であれば、親じゃなくてもなれるという法律になった。」
                おそらく、同じような家庭が多いのではないか?と推測されるんだけど。

                そのため、俺が保護者になって、入院継続という形をとった。わけ。

                すると、4月2日から怒涛の

                連日。日中早朝深夜問わずの、留守電がなりひびく時期到来。

                ・着信あり
                ・留守電の表示が羅列されている携帯。
                ・夜中、早朝5分おきに罵声が留守電に。
                ・一日あたり30件〜50件。


                落ち着いて話しができないようなので、メールで応戦。
                しかし、説いても説いてもきりがない。同じ繰り返し。むしろ、メール入れたほうが猛毒がかえってくる。
                >モラハラ母における、説得は無駄。という記述文そのものであったよ。ほんと。

                こちらも腹が立つから、言いたくなる。気持ちも、言い合いは更に激化と無駄と消耗なので。
                メールするも。

                母「メールじゃあかん!大事な話やで!電話にでろ!」
                「○○ちゃん大変やねんで!」
                「退院させなあかん!」
                「何勝手なことしてんねん!」
                「保護者は私やで!」
                「私がわざわざ、保証人変更しに行ったんやで!!」
                「なんで、私に相談するって病院に言えへんかったんや!」
                「あんたは「母に相談します」って言えばいいだけやったのに!!!!」
                「あの病院はおかしい!先生もおかしい!」
                  「なに?退院させたら、私に暴力振るうかどうかなんて、未来は誰にもわからへんやろ!あほが。」
                「○○ちゃんは犯罪者やない!。犯罪者になるなんて言いやがって。(to病院系&俺)名誉毀損で訴える!」
                「○○ちゃんは反省してる!家帰りたい言うてるんやで!」
                「お母さん、病院変えてよって言うてるんやで!」
                「○○ちゃんの物がなくなるような病院やねんで!服もビリビリに破いてるわ!」
                「○○ちゃんに、誰も話しかけてくれへんような病院やねんで!」
                  「○○ちゃんを許したってや!。たった1度の過ちを許されへんなんて!器量の小さい男やなぁ!」
                「閉鎖病棟になんかおったら、誰だってヒステリーになるわ!!!」
                「あんな病院に放り込んでしまいおってからに。。。まぁ、入院させてって言ったのは私やけど。。」
                「薬が効かないような病院に入れててなんになるってのよ!治る病院にいれなあかん!」
                「何が大事が、そんなこともわからんのか!?」
                「あんた、何か勘違いしてるんやない!!」
                  「それでも兄妹か!」
                「血は大事やねんでぇ〜!」
                「あんたがこんなに薄情とは知らんかったわ。」
                「なんで要らんことすんのよ!」
                「何してんのよ!!!」
                「何で、こんなことするのよ!」
                「何で、保護者の書類を書いて送ったんよ!あんたのそれが大事やねんで!」
                「あんたが滅茶苦茶にした!」
                「あんたが重要やねんで!それやのに。はよ、退院させるって文書を病院に送れ!」
                「あんたが!なにしてんのよ!早く退院させろ!あほが。」
                  「何にも知らんくせに。よぉ、そんな事ができるなぁ。ええかげんにせぇよ!」
                「私に講釈たれるなんて。へぇ〜そうですか。よくまぁ親にそんな事いえるなんて、ご立派ですこと。話をすりかえるな!今は○○ちゃんの話をしてるんやで!」
                「私は悪くない!」
                「私は野菜も立派に育ててる!」
                「??さん(父方親族)も、○○さん(母)が言うなら正しいんや、って言うてるんやで!」
                「あんたもおかしい!!!!!電話に出ないなんて!メールで連絡してますっていうけど、電話やないとあかんがな!」
                  「あんたなんか、何もしてへんくせに!」
                「私は弁護士にも用意して、ちゃーんと!してるんやで!」
                「第三機関にも相談して、動かしてるねんで!」
                「あんたは私の言う事をやるだけでええねん!それやのに!」
                「あんたが私の話合いに応じないから、こんな事になったばっかりに!」
                「○○ちゃんをどうするつもりよ!」
                「私は、あんたにずっと遠慮して、何にも言ってこなかったんやで!」
                「私がなんで?精神病受診せなあかんねん!○○ちゃんみたいにアホやないで!わたし!私は病気やない!」


                まぁw こんなあたりの怒声罵声脅迫ラインナップ
                この後もつっこみどころ満載のラインナップ語録が続きますが。
                全部、はぁ?だ。


                繰り返し。繰り返し。毎日毎日。毎時間。
                金切り声でヒステリックに留守電時間全部に。いちゃもん付けの名言は

                「薬もなぁ、水道水で飲んでるねんで!お茶で飲まないとあかん!のに」
                「水ちょうだいってよう言われんねん、○○ちゃん。そんな扱いやねんで!」
                  「お小遣い渡しても、使わしてくれへんねんで!あの病院!」
                「病院の人と皆で飲みやぁ、って渡したジュース代も、使えずじまい。○○ちゃんの気持ちや!なんでそれを!」
                「ご飯も食べてないんやで!よくない!治療や!」などなど。

                支離滅裂。事実湾曲。矛盾だらけの独走。甚だしくて。。。。
                過去にも、一つ一つ、説明と理解をさせても。納得もしないし、もちろん謝罪もなく。
                説明したそんな努力をした自分に嫌悪感。無駄なものに努力した自分が呪わしい。

                さて、
                その間に、こちらも病院やら第三機関とやらと様を尋ねたり伝えたり。

                事実確認すると、目に浮かぶその様。

                とにかく、娘を退院させるべく気持ちにさせようと捏造して、躍起になってる母。
                しまいには、病院を恐喝し始めた母。


                思い通りにならないと、いつもこうだった。。。。思い出がたくさん甦る。
                そんな母と、妹が一緒に暮らして、妹にとっていいものなんて、ひとつもない。
                母の支配欲を満たす手持ちゴマがないから、再び取り戻したいだけ。という。

                これこそ、我が母の真実の姿。そうそう、これよこれ。
                本性はこういう人。自称気取らないさっぱりしたお母さん、らしい。誰も賛同しないけど。
                | 源流〜うちの家の歴史 | 00:05 | comments(0) | - | ↑PAGE TOP
                この意を決したわけ〜3:暴走する母:番外編
                0

                  昨日、入ったニュースに驚愕。

                  12月に押しかけてきた際と書いたけど、その次に押しかけてきた6月だった。
                  -に、最寄の駅で。。。


                  まちぶせ


                  をしていたらしい。2時間も。19時から。

                  なんでも「駅で待ち伏せしたら帰ってくるやろう。」て叔母と二人で
                  駅改札出たところで、ずっと2時間まちぶせしてたとか。

                  はぁ????

                  ストーカーですな。きもい。
                  | 源流〜うちの家の歴史 | 00:33 | comments(0) | - | ↑PAGE TOP
                  [この意を決したわけ〜3:暴走する母:前編]
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                    そんなわけで、平和な日々が続くと、平和を壊し何かしら動きたい母の特性が2ヶ月も経たないうちに現れることに。

                    前回、妹入院後、保護者の権利を

                    母「あんたが背負う事じゃないし、私が親だから、あんたが署名してたけど、私に変えるわー。
                      裁判所までいってこなあかんねん。なんでたったこんな保護者変更する事に、手間かかるねん。」

                    と。平和に言いつつも、その面倒さで、誰に訴えてるのかわからない責めを俺にしてきた。

                    その後、病人取り扱いの手落ちな事が起きた。まぁかわいそうはかわいそうだけど、そこまで大騒ぎする程の事じゃない事に対して。

                    激怒!!!憤慨!!!激怒

                    の母。それはそれは娘が不憫な様を伝えてきてはいたんだけど。

                    俺からしたら、起きた事は仕方ない事と、病院を謝らせた!と誇らしげに語る母に、絶句しつつ。

                    母「あんな病院」敵な発想へと傾き始めていた事に懸念しつつ。

                    携帯電話で毎回、何時間も
                     

                    ・それでも、病院にいないと、家にもどすと、同じ事の繰り返し。
                    ・あんなに、暴力ふるわれて。逃げ出して。逃げ出し失敗で家閉め出されて、行き場がない真冬すごして。
                    ・○○ちゃんのためにも、今回で、治療しつつ、母との別暮らしが○○のためでもある。
                    ・そのため、ゆくゆくは施設に行くしかないし、その方が両者にとって最善。
                    ・そもそも母娘の相性がよくないから、別々暮らさないといけないから、今の形からの施設へと自立へと治療が最善。

                    と、説いてきたのだが。。。。。
                     

                    母の言い分は
                    「○○ちゃんが、赤ちゃんになってしもうてんねん!」
                    「寒い中、暖もとれない! 物は人にとられる! 排泄物もうまくできひんようになって! 看護が聞こえるように嫌味をいってる!」
                    「掃除なんかせんでええ、って言われてるのに、○○ちゃんモップをもってきて掃除しよんねん。せやけど、ちゃんとできてないから、看護の人が手間がかかる言うてなぁ」
                    「トイレが汚いから、掃除してんねんて○○ちゃんは言うねんけど、掃除は掃除の人がやってくれるからあんたは患者や。患者は掃除なんかせんでええねん、て言ってやってるねん」
                    「何にもできひん子になってる!2歳児3歳児やで」
                    「見ちゃおれんでぇ!」
                     

                    と。嘆きの悲鳴が全開に対し、毎度毎度、同じ説明をしていたのだが。
                    悲痛な話も、今にして思えば、どこまでが本当で嘘かは微妙。非痛感とそこからの脱出させてあげようって気持ちにさせようとする操作術。

                    泣きながら「苦労して育てたのに、こんなんになってしまいおって。」と、不憫でかわいそうに思うていう悲しみではなく、
                     

                    ●自分の思い通りにならなかった娘への嘆きの涙
                    ま、これいつもの事なんだけどね。他の家の子と比べては。。嘆き、怒りを子にぶつける母だった。

                    後、なんかだかなぁ。母の言い分は一般的には正しいのではあるけど、、、理想論であって、現実に生きるその人となりの、妹には通用しない物言いなんだよ。あいかわらず。
                    むしろ、そりゃ逆効果でしょ、っていう言いっぷりが多い。それだけに、良い効果も出ないし、妹も母の言い分とは逆の事をしてしまう始末。

                    それ以上に、仇が病院!て感じの病院の文句が3倍尺を取る始末。


                    ●これ、いつも退院前の状況と同じ。
                    こうやって、退院させちゃー、支配して、支配から逃れるために暴力ふるわれて、あちこちに被害者な話をもっていき、再び入院。



                    今回は、そのサイクルからの脱することが、家族全員の幸せにつながるってのも念頭にあったので、
                    手落ちは仕方ない、それも踏まえたうえでも、通院事からデイケアから診て、そして、あの日当日に入院できるようになったのもあり、
                    安定するまでの辛抱は、本人も患者家族も耐えなきゃいけない。と説いていたんだが。

                    母の共依存の兆候が出始める2ヶ月目ってところだった。
                    妹も苦しいだろうけど、ここでうまくやれなければ、今後どこの病院に行っても同じ事で。

                    これまでの病院、ここでの初回入院でも、最初の2ヶ月越えれば、徐々に安定して暮らせる妹であったし。
                    母の翻弄で、入退院を繰り返すよりも、自身の力で安定を迎える日がくるまでは、と。

                    いつもより、熱く説いたり、やさしく説いたりしたのだけど。
                     

                    病院の文句
                    親族の文句
                    近所の文句
                     

                    が大半で終了。これが1月2月と3ヶ月くらい続いた。いや、いつもそうなんだけどね。物心ついた時点から。
                    母が妹と同居時代ならこれらに
                     

                    死んだ父の文句
                    妹の文句
                    病院の文句
                    親族の文句
                    近所の文句

                    が、上乗せされてただけ。文句というか自分が善で相手が悪という話っぷりで、全否定の物語を延々とするわけ。

                    妹が入院して、別暮らしになったおかげで、妹は母から文句を言われないようになったんだけど。。。
                    結局は、母が俺に毒を浴びせたい欲求は変わりなく。再び、母がオカシナ方向に走り始めた冬の季節到来。

                    暴力をあびていた夏にさんざん、娘への恨みつらみを息子に浴びせたくて、日中朝昼とわず着信がなっていた頃から
                    。妹入院して、平和に暮らせるようになったのに、再び怒濤の着信。

                    拒否しはじめたら。20日くらいかな。クリスマス前あたりだった日。
                     

                    ●強襲
                    母「今なー、お母さんなー、東京きてるねん。第2叔母ん家にいるから。会いにきてー。話しようよ。」
                     「はよ帰っておいでやー」

                    と、誘い水の甘い声、母の元へと行くのが当然みたいな。相変わらず人の都合も気持ちも見ない、自分勝手な行動の末の留守電。

                    20代30代は、自分の予定を崩してても、親が来たから、という罪悪感から、会ったり。
                    最寄り駅に、いたり?!して、無理やり。その毒話を聞かしに押しかけてきたのを、無理栗合わせてたけど。

                    意味が無かった。ただストレスのはけ口になっただけ。
                    遠方からはるばる来るほどのことはない。非情のようではあるけど、話は自業自得な物語だった。

                    まとめると、精神虐待した娘から、肉体的反抗にあい、力で負ける悔しさが成せる行動だった。

                    話もどして。個人的に許可なしに、勝手に来るとか。。。。。。親子の境界線を作ったにもかかわらず、
                    土足で乗り越えてくる母が許せないのも事実。
                     


                    あげくに。親戚の家は寒くて寝られない、など理由をつけて
                    「あんたんちに泊まるわ」っていうのも平気で言ってた回も過去にあったので、絶句と怒りがこみあげる。

                    留守電聞いた後から1日は毎回、どうしようもない怒りと押さえ込む自分でいっぱいになる。
                     


                    冷静に処理することを大前提に。
                     

                    今回はメールで応戦
                    「あいかわらずモラルがない事してるねー。絶句です。なんでまた、そんな非常識な事ができるかなー。」など。
                    やんわりながらも明確に拒否文をおくったところ。

                    憤慨における怒声と罵声の留守電が入っていた。
                    「私はただ東京に来たかっただけや!あんたん家泊めてなんて言ってへんのに!」
                    「思い違いしおってからに!!!!!」と。

                    オモイチガイ???はぁ?
                    後日、人の思いまで支配できるものではない。その人が思う受け取り方は人それぞれなので。

                    思い違いは存在しないんだよ。と説いたのだけど。その後もこの言葉で責め立ててくる母であった。

                    次回、クライマックスな後編へと続く。

                    | 源流〜うちの家の歴史 | 12:18 | comments(0) | - | ↑PAGE TOP
                    [この意を決したわけ〜2:母退院で妹入院]
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                      ■2013年度10月 第2週目

                      手術後の経過はよく、「歩き回ったがために再び血管から出血して、主治医からおとなしくしてなさい、と言われたw」
                      と、誇らしく語る母・・・・・・との連絡ありながら、早くも10日後。退院予告。


                       「お母さんな退院するねん、せやけど、家に○○ちゃんおったら、家帰られへんから、あんた連れて行って病院入院させてよ。」
                       「○○ちゃんは、病院としょうがないなぁ、施設か。入院した後、施設に入れるしかあれへんで」

                      と、前回の課題を実行する日がきた。

                      しかし、だ。おそらく、妹は悪くない。いや、暴力を振るうことは悪いけど、そうさせてきた母にも問題ありで。
                       母救って、妹病院に入院させる、という行為にためらいがあったのは間違いない。

                      しかも、妹からしたら、兄も母の側にいるんやな!という認識を与えてしまうのも解せない。。。という思いもあり。
                       過去に入院させるべく連れて行ったときに、病院玄関で大暴れし我負傷しながらも、入院なんてしたくない思いの妹を思うと、再びそれをするかという悲しみに
                      再悩むものはあったが。

                      どちらを救うかの、選別に迷う時間はもたされてない状況のため、色んな複雑な思いを飲み込んで、

                      母を救う選択をしたわけ。無論、その事については母にも説明はしたのだけど。。。。
                       俺からしたら、母も妹も同罪のため、どちらにも加担する気はないうえでの、親だから母を選んだ、という理由の説明と。

                      自宅で有意義に邪魔な母を除去した妹がすんなり病院に入院するわけがない。前回もそうだったけど、乱闘沙汰になるのは間違いない。
                      さて、どうして連れていかせようか。と。

                      母「病院には話つけてある。○○病院に連れていけばいい。」
                        「あんた一人で行くんやないで、○○の人、○○の人(役所系)の人らと3人で説得させて、連れて行くことになってるねん。」
                        「○○の水曜日に帰ってきてやー」

                      てことで、2週目のその日が決定。こちらの都合はまぁ、病院営業日時間を考慮すると、仕方ないかってことで。
                      ただ、母退院帰宅>妹入院って図式は、妹を思うと、これまでの自由生活の終了日になるわけで。
                       妹が100%悪いわけじゃないけど、それがちょっとかわいそうな結果に、自分の手でする、っていうのがひっかかる点であった。

                      当日

                      前回のホテルに仕事後行き、前泊。午前中に先に母の病院に行き、自宅の鍵受け取りと、手筈の確認。
                       自宅から歩いて電車にのって○○病院には、行けないだろうから、母いる病院からタクシーで自宅へいき、そのまま待たせておいて、乗せて、妹の病院へむかう。

                      という手筈。そして気になるのは

                      フォロワー2名がいない事。いつ来るの?と母に尋ねると

                      母「来ないよ。あなた一人でいくのよ」

                      はぁ?????????????????????????????????????????
                      でも、ここでいつもの勘が働く。

                      ・フォロワー2人と一緒に連れて行け、ってのは嘘だったこと。
                      ・もともと、フォロワーなんて存在しなかったこと。そりゃそーだ、民間じゃねーしな。胡散臭いと思ってたら的中。
                      ・そんでもって、嘘でも言って、息子を動かしたかった母の欲望。
                      ・嘘でも言わないと帰省しないとでも思ったのであろうか、というモラハラ母ならではの、相変わらずの不信感。

                      が、一瞬にしてキラッとよぎり、来ない人達への腹立たしさ半分、虚言で奔走させる母への腹立たしさ半分の上で、

                      独りミッション遂行。

                      10月半ばになろうかという日であったのに、ひたすら暑い日であった。

                      案の定、自宅で、なんで兄が帰ってきたのか?と、目を丸くする妹。
                       病院への話も、問いかけも、一切無視で、背中を向けて、手鏡との世界にいる妹。

                      自分の世界が崩される事への防御行動になるであろう予測。このすべてが茶番である事実。
                       使われ人形な自分自身への嫌悪感。

                      初秋の暑さもあり、タクシー待たせてる間にメーターが気になり。
                       動かない妹へのもどかしさもあり。とりあえず、どうしたものか、と。警察は動いてくれるのか、と期待をこめながら
                       いったん、状況説明を母に連絡したところ。

                      母「そっかー動かないかー。警察は駅前にある!主治医に相談したところ
                      役所系なんてそんなもん(フォロワーにならなかったこと)って言ってたで」

                      と、解決にならない答え。。。。。

                      すると、堰を切ったように暴言の妹の暴言開始。

                      「何しにかえってきた!」「出ていけー!」「ここはお前の家やない!」「仕事いけ!」
                       「人に迷惑かけて生きてるくせに!」「遊んで暮らしやがって!」「自分の力で生きよ!」等の支離滅裂ながらの罵倒がきた。

                      ・・・そんなことはない、と話をしても「ああいえばこういう状態」ん?これって、母と同じじゃん。
                      しかも、母が俺を責め立てる台詞がまじってたりして、母が俺への文句を妹に吹き込んでいた証が刃となって妹から発せられてたり。

                      吠える。という感じ。後に母も同じ事を我にしてくるんだけど。実母像から無意識に体得していた妹であった。

                      暴言の後は肉弾戦

                      つっかかってきた。叩いて蹴って殴りかかってきた。ああ、これを母はいつも浴びてるわけだね。
                      ただ、これ。妹自信の嘆きの暴力であり、その裏にはせつない、どうしようもない自分と、不本意に、そういう状況にもっていかされた周りへの怒りがこもってるわけで。

                      その気持ちもわかるだけに。せつない。

                      最後に持ってた手鏡を俺の頭上に振り下ろした妹。垂直に頭に衝撃が走る。

                      手鏡はコナゴナに割れて。
                       顔面はキラキラになって。

                      そのまま押し問答は続いていたが、突然、2階にあがって服を着替えた妹。
                       感情の起伏が肉体を圧迫したのであろう、嘔吐していた。

                      なぜか、車に乗る準備ができた気配だったので、そのまま病院へ。そして、通院時にみていた担当医から次なる主治医への面会。
                      と、そのまま入院。手続き。連れて行った俺が保護者名として署名。
                       妹は、何かを悟ったかのようにおとなしくしていて、何かある?と効くと、「特に言う事はない」、と落ち着いた様子でわかれた。
                       経緯から閉鎖病棟に。

                      途中、訪問看護で半年くらいみてくれた人から、訪問看護時〜今回の事件時の事を詳細に聞いたのだけど。
                       。。。。。。。。やはり母娘、同居の共依存に違いない状況。
                       母から娘への精神的虐待
                       娘から母への肉体的虐待
                      の繰り返しの様が、繰り広げられていた。これまでの入退院の後の退院後の期間と同じ。
                       一般的には想像しがたい非業な様なんだけど、この家族をやってきてるといつもの事の繰り返しで驚きはない。


                      その後、病院から母の病院へ行き、連絡を受けてた母が退院手続の準備をし、
                       病室を後にしたのであった。

                      飯食う気にもなれなかったんだけど、昼飯食べないとあかん!という母により、
                       古い喫茶店でオムライスを。そして、家へ。まぁ散らかってるのは仕方ない。何を食し何を好んでいたかわかる残骸。

                      ガラスの破片。。。。

                      この時点での母の発言は
                      「大変やったなぁ。よく帰ってきてくれた。ありがとうな。あんたが○○ちゃん連れてってくれたおかげで、お母さん家帰れたわ。
                      これで安心して眠れるわ。ほんまありがとう。」

                      であった。

                      そんなこんなで秋は夜になるのが早く、そろそろ東京帰ると18時過ぎに言うと。

                      母「え?泊まっていかんの?明日も仕事か?!」

                      ・・・・そう。あっちの病院、こっちの病院に行く事よりも、既に何時間も母といることがしんどいし。
                       通常、実家泊になると、寝る時間がないほど、母の猛毒話を聞く羽目になる。ので、このまま帰京。
                       平日なので明日も仕事なのは当たり前。つーか、それを聞かせたい欲求がものすごく見えて嫌悪感。帰京は正解。

                      妹のことは気になるが、少々荒くとも、それだけの事をやってしまったがゆえの
                      入院と、今後にむけての治療が、母と暮らすより未来は明るい。

                      また、母にも肉体的に精神的な安定を。

                      と、、、、、、、あの頃は、善なる指針にむかっていたんだけどなぁ。

                      後日談。約束しながらも来なかったフォロワーに対して、文句というか、なぜに来なかったどういう理由で来ると言っておいて
                      俺をおびきよせて、来なかったのか?問い合わせてみる。と母に告げると。

                      「そういうもんやねん。先生も言ってた。あの人らはそういうもんや。今後、○○ちゃんの事でなんか世話になるかもしれんから
                      余計なことは言わんでいい!」

                      と。余計なことって。。。。まぁつまり、事実隠蔽だろうな。いつもの。

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                      [この意を決したわけ〜1:母入院]
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                        ■2013年度10月 第1週目 
                        何かしら胸騒ぎの夢を見た日は必ず、何かが起きる。恒例の日であった。

                        妹がどうやら母をなぐった数日後、頭痛がとれない異変を感じてた母が病院に診てもらったところ、血管から血がもれていて手術が必要となった。
                        とのこと。手術前の母との会話より。

                        「お母さん明日手術するねん。○○ちゃんがな、私をきゃたつで叩いてきて〜〜省略(ココ一番長い)。
                        なんかあったら全部万端に準備してるからな!担当医があんたと私と今後についての話したいというから帰ってきて」と。

                        と、話は母本人との連絡で解決していたのだが、わらわらと騒然と親族から連絡あり。


                        手術翌日。

                        第3叔母より、「とりいそぎの書類に記入したので、書類書きにこい、スリッパもってこい。」とイトコを介しての伝言。


                        翌日、病院へ。無事手術を終えた母と、手術内容と今後についての主治医と話し合い。
                        自宅に妹がいると、母は再び危険になる、という話で。手術後今しばらくは母入院生活でいいけど、安定してきたら今後どうするか?!という課題に。

                        母「あんな娘とは一緒に暮らせない、あんな子やなかったのに、病院入院させるか、、、」とホロホロないて主治医他、関係者に話す。

                        俺は病院関係者には、妹と母の暮らしがどんなかを説明し、妹の危険性をより強く説明。

                        母「あんなこやなかった。なんで素直になられへんかな」とさめざめと泣いて関係者に善意の母演出がすごかったけど。

                        俺「もともと、ああだから。幼少期から見境なく、母への物投げつけはしてたがな。テレビのリモコンとか。母娘の喧嘩の後は、
                        物が散らばっていたり、自分の部屋に逃げ込む娘を追いかけた母が、部屋の扉しめるのと同時に手もぐりこませたりするから、挟まれて痛い思いもしてたがな」

                          「この14年間も暴力ふるわれて、家の鍵もたずに逃げ出して、寒い中閉め出しをくらったことも何十回もあったがな。」

                          と事実経緯を話しても。

                        母「そんな事あらへん、いいこやったのに・・・」

                        ?????????????

                        と、外部の者には、娘がいい子だった話を展開する母。
                        しかし、外部者話合いの後、娘への文句がその後続いたわけで。
                         

                        ちなみに、スリッパは必要のない病院であったこと。手術前の承諾書にサインはあるものの術代の保証欄への承諾には未サインだったこと。
                        が帰する前に判明。
                         

                        ・・・・・・・なるほどねぇ。病院にきて靴のままでいい、っていう事わかってたのに、スリッパもってこい?
                        保証人の欄空欄で、なんかあっても金は払いたくないから、書類書きに来い、と指令してきた第3叔母であった。
                         

                        同日、自宅へいくも、鍵が変わっており、妹には会えず。ホテルに泊まり翌日始発で帰り、仕事へ。
                        すごい雨の日だった。

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